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2019年 06月 10日 ( 1 )

 

泣くのはいやだ、笑っちゃおⅡ

 オラの故郷釜石で2年を過ごした作家井上ひさし氏が亡くなった時、オラはこう書いた。

 「顔が好きじゃない。僻んでる人の顔立ちだ。偉そうな政治的発言の裏で家庭では女性に暴力を振るう。戦後民主主義だの平和主義だのよく言うよ。洒落にもならない理想論を振りかざし、日本の過去を貶めようとする。基本的に考え方がひねくれているんだな。(中略)釜石での評判も悪い。ちょうどオレ達の親の世代だからね。だが彼の作品は。素晴らしかったよ。日本語の辿り着くひとつの頂点。娯楽の未来だった。アイディア、文体、ストーリー、どれをとっても文句のつけようがない」。

 自分の文章を長々引用したが、本当に故井上ひさしセンセイの書いたものは面白かった。そして今突然思い出した。幼い頃に見た人形劇「ひょっこりひょうたん島」以来、初めてその作品に触れたのはケンジが教えてくれた「モッキンポット師の後始末」という作品だった。

 主人公は小松。仙台の孤児院で育ち、東京のカトリック系私大に進学して大阪弁のフランス人神父モッキンポット師に出会う。聖パウロ学生寮に入寮した貧乏な小松は、寮費を払い飯を食うために寮で知り合った土田、日野という友人と様々なアルバイトに手を出す。しかし悪知恵は働くものの基本的に大バカな3人組は、行く先々で毎回とんでもない騒動を起こし、そのたびにモッキンポット師は彼らの後始末に奔走する・・・という物語。


 読んでいる間、始めから終わりまで笑って笑って泣いて泣いた。人の心を打つ「ドジで間抜けなキャラ」を生み出す天才、井上ひさしの魔法に。

 本も、映画も、音楽も、オラはいまだにケンジとジュンと姉が教えてくれたものだけを頼りに生きている。



 神父はそれから急ぎ足で坂を駈け下がった

 その後を追って駆け出したぼくらの前に遮断機が下り

 プラットホームに停車していた電車がぼくらの前を通り過ぎて行った

 再び遮断機が上がったとき

 神父の姿はもうどこにもなかった

      「モッキンポット師の後始末」(神父が3人組と別れる場面より)~井上ひさし

 


追。故井上ひさし氏原作の「ひょっこりひょうたん島」のモデルとなった島については、ご本人が明らかにしなかったので諸説あるのだけれど、これはもう岩手県大槌町の大槌湾内にある「蓬莱島」です。普通こういう場合「だと思われる」とかいって言葉を濁すもんだけど、この二つの絵と写真を見て「違う!」っつぅ人はいないでしょ!?


by livehouse-uhu | 2019-06-10 15:32 | Comments(13)