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ワンダと巨像

 つまるところ、ひとはあきらめきれないのだな。
まぁなんだ、その、いろんなものを。とどかぬもの、うしなったもの、にどとあえないものを。
ひらがなはなかなかによいな。かたかなよりはすこしよみやすいし。よみにくいか。

 「鋼の錬金術師」も「キョンシー」も「イザナギノミコト」もみんな諦めが悪い。
それは近所の居酒屋○波のおやっさんも、ボウリングの後輩○本も、
競輪選手内田慶の家族も同じだ。もがき、悶え、苦しみ願い続ける。
ウソであって欲しい、間違いであってくれ、奇跡が起きてくれないだろうかと。
だけどやはりいつかはケリをつけなければならない。
賢治が言うところの「きちがひにならないための生物体の自衛作用」として、
どこかで思いを断ち切らなければ残された者は明日を生きられない。

 「ワンダと巨像」。
もういないと思ってたアグロが足を引き摺って現れたとき失神しそうになった人、いるべ!?

 追記。
 個人的な感想ですが(ボス部屋はぜんぶそうか?)、義務教育で古事記を懇切丁寧に
教えなければますます日本の将来は危ないと思います。
ギリシャ神話なんか相手にならないその瑞々しい情緒。まさに宝物。

 もうひとつ追記。
賢治は(自衛作用を)「けれどもいつでもまもってばかりいてはいけない」とも言ってるね・・・。

by livehouse-uhu | 2008-09-12 15:29 | Comments(0)  

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