My dear(?) drunken man

 やべ、オレほんと酔ってるわ、と思う時。

 なじみの居酒屋のオヤジさんを「マスター」と呼んでしまった。

 携帯で話しながら「あり?携帯どこだ?」と胸ポケットやバッグの中をバタバタする。

 夜空を見上げて「邪馬台国の人達もこの同じ星座を見たんだな」などとつぶやいてしまう。

 上り坂で自転車のギヤを重くチェンジしてしまう。

 カップメンにお湯を注ぎ、いざ食おうとすると焼きそばだった。しかも具を入れ忘れている。

 牛乳を飲もうと紙パックを開けるが失敗して「ガフッ」とかぶってしまう。

 お腹痛くなって正露丸を3個飲もうとするがビンからフタに20個位出してしまう。

 それをこぼして拾い集めようとするが2個ほど踏んでしまう。

 つぶれた正露丸2個をしばらく見つめた後、鼻に詰めて「くっさ~」という。

 素晴らしい歌詞を思いつき、ほぼ同時に「明日絶対覚えてないしメモも出来ない」と思う。

 すみません、9番ウソです。つくりました。他は本当かい!?
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# by livehouse-uhu | 2008-11-21 14:27 | Comments(2)  

 劇団ほんとにひとり

 「お!?きびなごじゃん!どこにあった?」
「スーパーマム。あそこ時々いいのが入ってるんだ」
「オレは富士屋の惣菜コーナーで手羽先買ってきといた」
「ナ~イス。まずビール飲もうぜ、ビール」
「まぁそうあせるなって。しょうゆの皿とか準備してさぁ」
「後で立つのがめんどくさいから酒もレンジで燗つけちゃおう」
「いや、オレは冷やのままでいい。もう瓶ごと持ってきて置いとけばいいよ」
「よ~し、じゃあいくかぁ!かんぱい!」
「く~、うめぇ…。今日もしんどかったけどなんとか終わったなぁ」
「おう、明日もがんばんべ」
「とりあえず今はスカパーのヒューマンウェポンでも観ながらゆっくり飲もうか」
「あぁ、明日は明日。また違う風が吹くよ」

 ごく普通の労働者が自宅で宴を開いてるみたいだけど…。
実はこれ、全部オレがひとりでしゃべってるんだ。我ながらアブナイ。
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# by livehouse-uhu | 2008-11-20 20:26 | Comments(8)  

あたりさわりなし?!

小さな寿司屋っていいよね。
浜の近くにあるところなんかいいな。
市場のすぐ前とか。
民宿もやってたり。帰りを気にせず
、飲めたりして。ほほう、こんな改行も出来るんだ。
少々さびれたところがまたいい。
しかめっ面のおやじさんと和服のおかみさん。
たこ食って、ヅケ食って、ウニとコハダとイカ食って~、巻物といな
りも。ここはめちゃ無理やりだな~。
なんといっても好きなのがイワシ。背黒の酢〆なんか最高だよ。
いい酒飲んでガリつまんで。
ん~、幸せってそういう時間じゃないのかしら。
じゃあみんな、日本に生まれた喜びをかみしめよう。
なんといっても寿司は日本の宝物だからね。
いきる、それは美味しい寿司を食うこと。いくらなんでも言い過ぎか
????

 「えるしっているか しにがみはりんごしかたべない」
                              キラからLへのメッセージ~DEATH NOTE
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# by livehouse-uhu | 2008-11-16 00:41 | Comments(4)  

腹を括って(それほどでもないか)

 阪南市立病院で8人の医師が辞表を提出したとのこと。
おおまかな状況としては「報酬を上げるから」と医師を勧誘した市長が選挙で落選、
新市長は「報酬を引き下げる」「え~、約束が違うじゃん!じゃあ辞める!」ということらしい。
どちらがどう、というほど興味を引かれた記事ではなかったのだが。

 TVで阪南市民(の一人)がこう言っていた。
「ほんまに医者なんちゅうもんは気ままやなぁ。人助けする為に医者なったんやろ?
ちゃうんかい?!そんなもん、給料なんか二の次にして治療せぇや。ほんま勝手やわ~。」

 う~む。もしこんな患者がたくさんいるとしたら、給料なんか二の次で辞めたくなるのでは、
と思ったのは僕だけではあるまい。あ、阪南市民の中の一人、あくまで一人ですから。

 さて某国営放送。○国中央電視台だのモ○クワ放送だののことではない。
本来は公共放送と呼ぶべきもののようだ。国営放送は揶揄してるんだね。
僕は(何で今日は僕だろ)アナウンサーが初対面の運転手の頭を足で蹴り飛ばそうが、
プロデューサーがデタラメの伝票書いて風俗店に行ってようが、
ディレクターが大麻持って渋谷でフラフラしてようが、
技術職員が自社放送センターの来客の前でいきなりエロ画像を流そうが、
会長がモグリの支局作って裏ガネ貯め込もうが、まぁ知ったこっちゃ無い。
ある程度の大きさの組織なら社員の数も多く、中には不祥事を起こすものもいるだろう。
犯罪行為はやはりそれを起こした個人にもっとも責任があるのであって、
全ての社員が法を踏みにじっている訳ではない。
…しかしすげぇ数だな。公になったものの10分の1も書いてない。

 要は番組の質だ。民放のヤラセや捏造の裏にあるのが間違った使命感だとすると、
どうもN変態協会は「何も考えていない」のではないか。
国益を考えるとか、世論をリードする、といった気概(そんなもの要らんが)はなく、
ただ手抜きで迎合番組を作るから結果的にロクに検証もされない反日番組になったりする。
その証拠に、同じディレクターがまったく思想が正反対の歴史賛美してるし。
東京カワイイTVだのサタテンだのを一度観てみて下さい。
程度低いを通り越して、開いた口がふさがらないぜ。
女子高生の制服前線、あこがれのショップ店員、ピーチジャム…。
それはそれでメディアによっては扱ってもいいが、
少なくともご自身で宣伝している公共福祉には何の役にも立たないでしょう。
中身は踏み込みが浅く、困ったチャンが続々登場、
そいつらを諌めるか止めるかするのがあんたらの仕事じゃないの?
「広く国民のために良質な番組を提供するのが使命」「そのための受信料」というならば。

 「奇跡の詩人」を再放送して下さい。
どう考えてもどんな素人が観ても犯罪スレスレのデタラメか変な人賛歌としか思えない番組で、
非難が噴出しましたね。調査の結果は「認識の違い」であり、多少の検証不足はあったものの、
番組そのものを不適切としての謝罪や取り消しはありませんでしたね?
じゃあ再放送して下さいよ。再放送は視聴者からの要望をもとにですか?
わかりました。今まで再放送された番組に匹敵する署名を3ヶ月以内に集めましょう。
えぇ、もう任しといて下さい。全国の仲間と頑張ります。たくさんの人が喜び(笑い)ますよ~。

 本当の罪は、起きてしまったことをウヤムヤにして逃げ回り、
「ただいま調査中で皆様のご要望にお応え出来ますよう努力しております」等と
意味の分からない発表をしていることです。過ちを改めてこその明日。
偉そうに言えるほどの人間じゃないのはお互い様ですが、
少なくとも僕はしょっちゅう謝ってますよ。自分が悪い時に謝るの、そんなにイヤですか。
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# by livehouse-uhu | 2008-11-15 16:03 | Comments(5)  

奇跡の船

 お台場なんて街は、まぁ正直なところあまり好きくない。こんな日本語使っちゃいかんか。
性に合わん。渋谷よりはマシ、とかそういう最低争いはともかく。
住んでいる人やフジテレビの社員には申し訳ないがな。
田舎者が野に結んだ庵(ボス部屋のことね)の中で戯言をほざいてるだけだから、
心にゆとり教育…じゃない、ゆとりのある都会人は聞き流してちょうだい。
 だが、初代南極観測船「宗谷」が展示されている「船の科学館」はここにある。

 宗谷については、年配の方はもちろん若い人でもその名前や数奇な運命を
知ってる人も多いだろう。某解体していただきたい国営放送のドキュメントにもなったし。

 宗谷。PL107。 もともとはソ連が発注した貨物船として進水し、
大東亜戦争(第二次世界大戦)直前という情勢から、引渡しされず商船「地領丸」となった。
その後「海軍所属特務艦宗谷」としてミッドウェー海戦等最前線に参加する。
戦局の悪化に伴い行動を共にする艦船が次々に沈んでいく中、
何故か宗谷だけは難を逃れ続ける。
命中した魚雷が不発だったり、アメリカ軍艦載機の激しい攻撃を受けたトラック島では
60隻余りの友軍が全滅、ただ宗谷だけが沈まなかったという。

 戦後多くの引揚者を日本に送り届け、
灯台補給船を経て南極観測船となった宗谷は、いくつもの物語を作った。
初の南極観測を応援する10万人の子供達の募金活動。
日本人の誇りと技術を示し、昭和基地に日の丸を掲げた隊員達。
南極で冬を越し、生きて観測隊を待っていたタロとジロ。
そして、南極観測船の座を「ふじ」に譲り、北の守り神「巡視船宗谷」になってからも
昭和45年の遭難漁船19隻(一度に!)をはじめ北海道の救難に活躍し、
なんと生涯で1000人以上を救出した。

 多くの人の命を救った宗谷が、命を救われたことがある。
昭和32年、昭和基地開設後の帰路、ぶ厚い氷に閉じ込められた宗谷を救い出したのは、
ソ連の最新鋭砕氷艦「オビ号」だった。
樺太を奪い合い、殺し合い、戦後もシベリアで日本人捕虜を虐殺したソ連の船が、
命懸けで日本の観測隊を助けに来たのだ。
それは宗谷が、もし戦争が無ければ「ボロチャエベツ号」として
自国で活躍したはずの老朽船だから、ではあるまい。
祖父の無念も祖母の悲しみも忘れる訳にはいかない。
けれど人は、いつか吹雪も流氷も過去も越えられると信じたい。

 ある日曜の朝、僕は御前崎港で釣りをしていた。
話しかけてきたのはロシア船の乗組員だというスラブ人。やや怪しげ。
外国のコインと何か交換してくれという。どうも釣り道具が目当てらしい。
ものすごいずうずうしい交換を持ちかけられたらどう断ろうかと身構えていると、
そいつは片言の日本語でこう言った。
「アナタノ、モッテイルソノ、ツリバリヲモラエマセンカ?
コンナホソイイトト、コンナチイサナハリ、ワタシノフトイユビデハ、ムスベナイノデス。」
差し出した指はまるでフランクフルト。航海の途中で小さい魚も釣ってみたいんだと。
ささめ針の7号サイズ6本入りを一つあげて、僕らは握手した。
「お前らの国は日本人を6万人も強制労働で殺したな」と
言ってやる勇気も怒りも僕には無かった。それは残念なことだったんだろうか。

「死はまったく怖くない。怖いのはこの怒りが風化してしまうことだけだ」
                                  クラピカ (HUNTER×HUNTER)

 お台場船の科学館HP内に、補修が必要な宗谷保存の為の募金要綱があります。
興味か多少の余裕がある方は覗いてみて下さい。
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# by livehouse-uhu | 2008-11-10 16:10 | Comments(2)  

貧しき者は誰か

 小室哲哉氏かぁ。
仙台でDJをやってた頃、TMネットワークのデビュー曲「金曜日のライオン」を
ヘビーローテーションしたことがある。いい曲だったよ。
歌詞はもろTOTOの「アフリカ」のパクリだったが。
まぁ曲もパクリといえばパクリだったか。
 それ以外のプロデュース活動にはほとんど興味が無く、したがって何も知らない。
サラリーマン時代に後輩の女の子がカラオケで唄ってるのをたまに聴いた時は、
よく考えられていて商品としてはそこそこ価値があるなぁ、と感じたっけ。
信頼する友人は「日本にもデッドオアアライブみたいなスカタンのマネするヤツが
一人位いたっていい。ただ、それがメインストリーマーになるから醜悪なので…」
と論評していた記憶がある。
こちらも僕の尊敬するその友人の父(故人)は、あまりにヒドイ(程度の低い)モノに対して
「論評を差し控える!」というのが口癖だった。
TMネットワークは音楽としてはともかくも一応論評の対象だった(と思う)。
 
 こうなってみるとなんとも気の毒な人だ。
魚が食べられず、どんなにお金があっても食事はファミレスというよく知られたエピソードが
一番悲しい。それではバカげたお金の使い方をする以外に道があるまい。
美味い鮨を食ってこそ人間だからな。違うか。
美味い中華食ってこそ人間だからな。違うよ。
美味い山菜と秋の茸食ってこそ…わかったわかった、もういい。

 TVにしゃしゃり出る取り巻きや友人の言葉。あんたらいい思いさせてもらったんだろうに。
絵に描いたように掌を返して恥ずかしくないのか。たとえどんなヤツだったにせよ。
早稲田実業の創立100周年記念歌にケチがついた?
作曲が小室哲哉で、作詞した理事長の名前にも泥を塗った?

 何故?何故ですか。
その曲は完成してみんなが喜んで唄ったり聴いたりした後、
今度の事件でメロディが変わったのですか?
もしその曲に感動した人がいるなら、振り返ってその時の気持ちは気の迷いでしたか?
「今になって改めて聴いてみるとあんまりいい曲じゃない」ですか?
 僕はその曲を聴いたことがないから、いい曲かどうかわからない。
前述したように特に興味も無く、聴きたくも無い。

 けれども。

「小室哲哉記念ホール」の名称を変えたければ変えればいい。
「校賓」(何この言葉。こんな日本語あるの?驕るなよ早稲田)扱いをやめる?
やめればいいでしょう。人格は変わるからね。今はただの詐欺師なら。
変わらない筈の過去を自分に都合よく貶める人々よ。
そうやって「前から思ってた」「前から知っていた」と言い続けるんですか。
僕は泣きたくなる。過去の作品とは、関係ないよ。

 「戦時中、私は命を賭けて戦争に反対した。負けるとわかってたからね」
そんなことをいう評論家が「たくさん」いる国。「たくさん」だぜ?

 「来いよ鷲巣。貧しき者。」                     赤木しげる~「アカギ」
(巨万の富をバックに相手に血液を賭けた麻雀を強要する裏経済界のドンに対して。)
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# by livehouse-uhu | 2008-11-05 13:17 | Comments(13)  

上あごにくっつく仙台の味

 八木山双葉荘に巣食う貧乏学生の中で最初にバイクを買ったのがYだった。
神奈川の大都市と同じ名前の彼は、東北工業大学に通いながらバイトで金を貯め、
中古のカワサキZ400FXを手に入れた。いや、その格好良かったこと。
直線基調のデザイン、4気筒エンジンのエグゾースト。
昭和の30年代、町で初めてのテレビに群がる田舎の子供達もかくや?というほど、
僕らは彼の中古バイクに取り付き、日曜日などは日がな一日撫で回した。
ある日の午後、Yがツーリングに行こうと言い出した。
「シンヤさん、タンデム(二人乗り)で行きましょう」「本当!?行く行く!何処に行く?」
「松島パノラマライン。帰りにラーメンでも奢って下さいよ」「OK、それじゃ出発だ!」
二人は意気揚々と国道45号線を北上した。

 しかしまぁ悲惨な事故だったよ。
平日でほとんど車のいないワインディングをカッ飛んでいた俺達は、
浮き砂に乗ってスリップし、ほぼハイサイドで一回転、
双葉荘のみんなの夢Z400FXはガードレールに突っ込んで半壊。
バカ二人はヒジ、ヒザ、背中血塗れで、路上に投げ出されてた。
よくも命に別状無かったもんだ。
後でお互い相手が死んだと思ってビビッたと話して笑ったっけ。
ここでバイク好きな人や詳しい人は、タンデムでワインディングを攻めたことが
そもそもおかしく笑うことも同情することも出来ない、と思うでしょう。
そう、その通りなの。なんの言い訳も無いです。なにしろバカだったからね。
今が少しマシだと思える位。そりゃまたとんでもねぇバカだな~。

 俺達はバイクを残して45号線まで歩いた。
公衆電話からなじみのバイク屋に電話するとバイクは後日回収してくれるとのことだった。
駅まではとても歩けないので、ヒッチハイクをした。
止まってくれないんだ。そりゃそうだ、ヘルメットかかえて血を流した野郎二匹だもん。
俺が白いシートカバーかけてドライブしてたら絶対止まらねぇよ。
立っているのも手を上げるのも疲れた夕方、一台の軽ワンボックスが俺達を拾ってくれた。

 仙台に本社がある白松がモナカの営業のおじさん(当時だから今はおじいさん?)、
あん時は本当にありがとうございました。半泣きでお礼を言うのが精一杯で(バカだから)、
お名前も聞けなかったのがずっと心残りでした。モナカっつったら、白松ですよね。
友達が仙台に行く時は、牛タンより笹かまより萩の月よりモナカを押します!

 先日ある人からお土産に白松がモナカをいただきました。
ミニというすごくちっちゃい100円玉みたいなヤツ。久しぶりに食べたら、
餡が旨くてもうどんどん食べちゃうの。一気に10個位。口の中ですぐ無くなっちゃうんだもん。
それで思い出してこの項を書きました。
で、本社が仙台だったか確認する為にHPを見たらそこには製品案内が。
「白松がモナカ・ミニ・52円/1個」。
高っ!?俺、5分で520円も食べたんだ!もっと大事に食べれば良かった。
相変わらずバカだねぇ。
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# by livehouse-uhu | 2008-11-02 21:30 | Comments(2)  

なのに、何故

 ベルリンの壁が崩壊した日。
なし崩しに国境を越えてゆく人々を職務と現実の狭間で呆然と見つめていた
国境警備軍の兵士に、一人の金髪の女性が駆け寄り首に抱きついてキスをした。
銃を天に向けたままの兵士は半分の頬だけで照れくさそうに笑った。

 旧ソ連で大きな災害があった日。
救援物資を空輸するアメリカ空軍正規部隊の兵士が、
パラシュートで投下するコンテナにスプレーで落書きをした。
「メリークリスマス、ラシアンズ」

 バトル オブ ブリテン最中のある日。
イギリス上空で被弾し、畑に不時着しようとしたドイツ機が、
地上にいる子供に気付き不時着を諦めて反転、地面に激突して死んだ。
敵国の農夫に看取られた彼の最後の言葉は「子供は無事か!?」だったという。

 俺の国は ケンカなら一番 世界最強 誰にも負けねぇ

 最速の戦闘機 最大の空母 かかって来いや 叩きのめしてやる

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりだから

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりなのに

 俺の国は 歴史ウン千年 文化の中心 世界の中心

 静かにしてても 本気出した時は ただじゃすまないぜ 試してみるか

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりだから

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりなのに

 俺の国は 唯一絶対の 神が守る聖地 異教徒は許さねぇ

 踏みにじるヤツは 神になり代わり 成敗してやる 覚悟決めて来い

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりだから

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりなのに

 俺の国は 小さく貧しくて ただ青い海と 緑の木が茂る

 自慢何も無い 羨ましくも無い 静かに暮らして いければそれでいい

 でも世界が それじゃダメという 遅れた連中 指導するという

 まっぴらごめんだ たとえ弓矢でも 槍でも戦うぜ 仕方が無いから

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりだから

 ケンカやめろ ケンカやめろ ケンカやめろ 腹が減るばかりなのに

 1999年11月22日、埼玉県入間川に自衛隊のT33型機が墜落し隊員2名が殉職した。
現代の戦闘機(練習機)は緊急脱出装置を装備しており、
墜落前にパラシュートで脱出することが出来る。彼らは市街地上空で操縦不能に陥った時、
自分が脱出して機が民家に落ちることを回避するために最後まで操縦桿を握り続け、
無人の川原まで機を運んで機とともに墜落した。
何よりも驚かされるのは、操縦士だけではなく、2名とも脱出しなかったこと。
あるマスコミは「自衛隊機が送電線を切ったため、周辺が停電した」と記事にした。
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# by livehouse-uhu | 2008-10-31 15:46 | Comments(2)  

昔とは

 まったく言葉の通りのすんごい昔で、
短編シリーズはとにかく若者が才能だけで(何言ってんだ)書いた完全フィクションなの!
自虐でもなきゃ逃避(そんなことは言ってないか)でもないの!
笑って読んでくれないと困るの!
 
 と、念を押しても「やっぱりそこには深層からにじみ出る作者の…」とか言われるからなぁ。
もちろん思い入れるべきシーン設定という点では性格を反映してるんだろうけど。
いや性格じゃないな、趣味。

 今思い付いた理屈。短編と長編ではそのあたりちょっと違うね。
短編は(特にミュージシャンにとって)かなり「詞」に近く、
あくまでネタとオチのみせどころのような気がする。
物語の構築を含めた長編にはもう少し色濃く心理や経験が反映するんじゃないでしょうか。
なんかまた必死に言い訳してるみたいなのが悔しいぜ。

 著名な作家がよく死後に手紙を公開されてるけど、あれ、ヒドイと思いません?
それとも私小説作家なんかはもともと公開を前提に私信を書いたりしているのかしら。
そうだ!究極の懺悔&自己陶酔!
昔書いたラブレターをブログで公開…うわ~、とんでもねぇ!
無理無理、リクエストなんか寄こすなよ、絶対やらねぇからな、リクエストすんなよ!
押すなよ、危ないから。絶対押すなよ。押すな、押すなってば!
ダチョウ倶楽部って、実は本気でコントやるとすごいですよみなさん。

 ユーミンはサーフィンもスキーも出来ないそうです。もちろんラグビーもやったことは無い。
スタンドで観ているだけの観客が、青春を賭けて戦った選手すら気付かない
グランドの光と影を言葉にする。不思議だなぁ。想像と創造が現実を優しく励ますんだ。
フィクションは…やっぱり願望や後悔をいっぱいに含んでいるのかも。
これって結論、敗北?まぁいいかぁ、勝ちとか負けとかは。

 卒業や引退前の最後の試合の最後のキックは何故か外れるんだ。

   「長いリーグ戦締め括るキックはゴールを逸れた」  (ノーサイド~松任谷由美)
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# by livehouse-uhu | 2008-10-28 14:08 | Comments(4)  

昔書いた短編シリーズ第三弾(だっけ?)

                     「渋滞」
 「つまり、その・・・」俺はしどろもどろになりながら言い訳を続ける。せっかく女がここまで腰の座った演技をしてくれているのだ。ここで怯えたり困ったフリ位してやれなきゃ男がすたるってもんよ。惜しむらくはこの場面に観客がいないことだが。それにしてもこいつはカンだけが頼りとはとても思えないほど物事の本質を突いたことを言う。やることも本質的で不実を責めながらも手は俺の股間に乗ったままだ。そういえば学生の頃アパートで包丁持ち出す騒ぎになった時も「今日はこの後盛り上がるだろうなぁ、コンドーム切らしてるんだよなぁ」とか考えてたそうだ。
 「だいたいどうして私が不倫相手なんて立場にいる訳?一番昔からあんたと付き合ってるのに」「そりゃぁ、もちろん・・・」と言いかけて俺はやめた。努力に見合った報酬を得ていないという感覚は生きている限り誰にでも付きまとう。その正当性を客観的に判断するなんて普通は出来ないが、この娘に関しては証言しよう。仰る通りで。なにしろ俺は淋しがり屋といい加減さには絶対の自信を持っていて、その分女の子に本当に気を遣っている。この娘は俺を欲しがっていると感じたら、どんなに惨めに卑屈になっても自分から口説いてやる。金は出さなくても泊まるリゾートホテルの質を落としたことはない。ところがこいつにだけは何故か「今こうしているだけでもう何もいらない」という思いをさせたことが無いような気がするのだ。それでいて結婚もしなかったんだからそりゃ文句のひとつも言いたくなるだろう。
 ここにこうして車を止めてからもうどれ位経ったのか、ひんやりした夏の夜が周りにやって来ていた。どこか会話の途中、句読点じゃないところでキスしてしまえば、いつもより帰りが少し遅れる程度のことなんだが、なんだか久しぶりに今まであった悲しいことを数えなおしてみたくなり、俺はシートを戻して車をインターに向かわせた。「もう帰るの?」彼女の問いに答えず、俺はつまらないことを考えていた。(逆方向に乗って「このまま何処か遠くに行こう」とかなんとか言ってやろう。すると「そんなことしちゃいけない、次のインターで降りて帰って」って必ず言えるいい女なんだよなこれが)。道は空いていた。予定通り東京方面のレーンに車を乗せると、彼女はチラッと俺を見た。あまり嬉しそうにしないのでムッとしたが、考えてみればずいぶん勝手な感情だ。「ねぇ」「ん?」「やっぱりいけないわ。家に帰らなくちゃ」。俺が「セリフ」を言い出すより先に彼女が口を開いた。「ありがとう、長い間。あなたのこと決して忘れない」。それだって決まり文句みたいなもので、電話という悪魔の発明がある限り心を残したサヨナラなんてもうこの世には無い。
 俺がラジオのスイッチに手を伸ばしたその時だった。「あれ?」前車がハザードを点滅させている。スピードがガクンと落ちた。事故があったようだ。「まいったな、こりゃ・・・」高速は完全に止まってしまった。30分ほど過ぎた頃、ラジオの交通情報がトレーラーの事故が起きたこと、渋滞は10kmを超えて復旧の見通しはまったく立っていないことを伝えた。「どうするの?」今度ははっきりと嬉しそうに彼女が言った。「仕方ないよ。待つしかないだろ」「奥さんにはなんて嘘つくの」「嘘なんかつかない。黙っているだけだ」「ふうん」。しかしちょっとしたポーズ作りが面倒なことになったな、と思ったら確かに俺はイライラした。
 「窓を開けてもいい?」またもう少しはしゃいだ声で彼女が言った。「あぁ」。濃い、森の匂いがいっぱいに流れ込んできた。「事故ったのが、私達だったら良かったのに」。良かった、のところで急に声が小さくなった。「私達が事故って、このまま、一緒に、二人で、一緒に」。泣き出した彼女の手を強く握り締めたら、俺も突然心の底からそう思った。「そう、俺達だったら良かったのにな」。だとしても、二人で一緒にいられはしないだろうに。
 下り車線をオートバイが走っていった。俺達は、それきり黙ったまま、長い永いテールランプの列を見つめていた。
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# by livehouse-uhu | 2008-10-26 21:55 | Comments(4)  

遠野物語

 「人間は尊きものを助けないのに何故尊きものが人間を助けなくてはいけないの」
                                            (雨童子~HOLiC)

 人間同士の取るに足りないイザコザなんか小さいものだ、と言わんばかり。
雨童子にとって救うべきはアジサイの下に埋められた少女の遺体(霊魂)ではなく、
その悲しみを吸い上げてしまうアジサイ。アジサイこそが自然のままに尊きもの。
正確には「人間は尊きものの存在に気付かない」なのかな。
尊い人なんて言い方もあるけどこれじゃハナから成り立たないね。
そういえばちょっと前に「崇高なる魂」とか自分で書いたっけな。
僕はまだまだ夢見がちだということ。少しは人間を信じている。

 僕の故郷は座敷童子(ざしきわらし)の本拠地(?)です。
7人で遊んでいるといつの間にか8人になっている。
1人も知らない顔が無く、1人も同じ顔はない。でも確かに1人増えている。
その、増えた1人が座敷童子。
家の中に、動くもの(例えば不在時の不法侵入者)に反応するセンサーを取り付けたら、
もうその家はお終いだと思う。筋道立てて説明は出来ないけど。

 静岡市の方、尊きものを見たい時は晴れた日の県庁21階展望室が良いですよ。
遠くかすかにガラス越しだけど南アルプスの山々。無料です。空いてます。ソファもあります。

 生まれて初めて結成したフォークデュオの名前は「The四季ぼっこ」。
「座敷童子」のことです。(岩手の方言でわらし=ぼっこ)。
うむむ。こりゃ恥ずいわ。特にしょぼい当て字が・・・。
ここまで書いていまさら全部消すのもめんどくさい。中学の頃の話だから。
サイドギター(うわ~、この言い方もなんだかな!)担当だったクドケン君、元気ですか? 
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# by livehouse-uhu | 2008-10-24 15:04 | Comments(3)  

枯野をかけるブルース

 かつて「あこがれ」というよりは「尊敬」に近い感情を持っていた人から、
「理想家でいいじゃん!ロマンチストで悪いか!」というメールをもらった。
いや、年下なんだけど。多分褒めてくれたんだと思う。
(ところで尊敬したり師事する相手ってあんまり年令の上下は関係ないね)。

 いくら俺でもたまには励ましてもらわないとな。
どこか北欧の民話に出てくる「石の心臓」を持った男じゃないんだから。
(こりゃ怪しいと思って今調べたらドイツの童話だった。あぶねぇあぶねぇ)。
僕は現実主義者だ。そのくせ夢を捨てられない。中途半端。実に中途半端。
場合によっては命取り。ビジネスパートナーからは罵られ、
夢を託したミュージシャンからは軽蔑される日が来るんじゃないだろうか。
(今か?ま~た自虐)。
僻んでいる訳ではなく、ある程度の覚悟は持っているつもりだ。
畳の上が大好きなのだが。

 けれども。歌は。歌は。歌だけは。理想とロマンを唄っている。
敵でもいい。手が届かなくてもいい。絵空事でも、夢物語でもいい。
きっとどこかに。この広く淋しく戦いの絶えない世界のどこかにある美しいものを。
僕は唄っているんだよ。拙くて格好悪い声で。下手なギターで。
今までも。これからも。バカにされても指差されても。
そしてそういうミュージシャンがUHUに集まってきてくれている。

 身近でいつも応援してくれる人、遠い空から便りをくれる人、
つっぱらかってて照れくさくて素直にお礼をいえないことが多い。
感謝してます、ありがとう。

 一昨日、妹尾隆一郎バンドで素晴らしいライブを聴かせてくれた
ウエストロードブルースバンドのギタリスト塩次伸二さんが昨夜突然亡くなったそうです。
なんということ。まだ信じられません。UHUがラストライブになってしまったのでしょうか?
あんなにお元気だったのに。旅したブルースマンの魂に安らぎが訪れますように。
ご冥福をお祈りいたします。
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# by livehouse-uhu | 2008-10-19 19:45 | Comments(6)  

 お墓は太平洋

 「日本の人からたくさんの血をもらったので本当の日米混血になれた気がする」
   (1964年3月24日、日本人に刺され虎ノ門病院で輸血を受けたライシャワー駐日大使)

 政治的判断や気の利いたジョークとして言える言葉でないことはすぐに分かるだろう。
そして母国アメリカが日本を非難しないように牽制した訳でもない。
狂った1人のために多くの日本人が気に病まぬよう、ただその思いやりが詰まった言葉。

 国民性などは無く、個があるだけ。そんな論に僕は与しない。
逆でしょう?どこの国にも個を超えた崇高なる魂があるということなんだと思う。
穢れや血縁に縛られないことが日本人に難しいのは確かだ。

 ライシャワーさん、「菊と刀」とかきっと読んだんだろうなぁ。
天皇陛下とも親交があったんだから並の日本人より日本人。

 菊花賞も取ってさ。春の天皇賞3200mなんか2度勝ってる。
それはライスシャワー・・・。最低だな、お前(オレ)!    
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# by livehouse-uhu | 2008-10-13 21:57 | Comments(2)  

防寒アウターの歴史(岩手県沿岸南部)

 小学校の低学年までは「アノラック」。ナイロン地の綿入れみたいなもん。
スキーに行くときもそれ一本。もちろんゴアテックスなんて無いから、
コケてばかりいると水浸しになるんだ。イヤでも上手くなる。
 
 ここに高学年で「ヤッケ」が参入する。これがオシャレだった。
「アノラック」と違って前開きじゃないの。上から被る作りになってて、
横ジッパーの胸ポケットとフードが特徴。色もカラフルでね。
基本的にペラペラナイロンの薄手で保温力は弱いんだけど、下にセーターを組み合わせて
あっちゅう間に市内の小学校を席巻した。てっぺんの平らなニット帽もセット。

 中学校の入学時にデニムのサファリジャケットを買ってもらった。
おいおい、どんどん薄くなってくじゃないか。釜石は公害の元祖的粉塵被害が酷かったから、
世界に先がけて温暖化してたのか!?この年頃は肉体の発熱量が大きかったんだろうね。
ブリヂストンヤングウェイファイブ号
(5段変速・オーバルギヤ・ディスクブレーキ・トリアルタイヤ・電子フラッシャー無し)で
北風の中をビュンビュン走った。ここ読んで爆笑してる男性読者の顔が目に浮かぶぜ。
女の子は何言ってるかわかるまい。

 高校に入学した時、中学時代から有名だった他中学のバスケット部のキャプテンが、
ダッフルコートを着てたんだ。ダークグリーンと黒のチェック柄。
背ぇ、高ぇ。格好いい。なんていうんだろうあのコート。釜石で売ってるのかな。
僕が学生服の上に着てたのは厚手のジャージとばあちゃんの編んだマフラー。
あの日僕はファッション界には自分の居場所が無いことに気付いたのかもしれない。
受験で上京するずっと前に。あぁ良かった。負け惜しみじゃないぞ。
てか、なんだよファッション界って。

 釜石シーウェイブスの練習風景の写真で、若手選手が短パンとラグビージャージの上に
「ヤッケ」(決してウインドブレイカーではない)を着ているのを見ると、胸がじぃんとします。

 「何故ガウンを着て入場しないかって?このオレの肉体以上のガウンが有るのかい?」
                       4の字固めで有名な「クラッシャー」ザ・デストロイヤー
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# by livehouse-uhu | 2008-10-07 15:32 | Comments(2)  

男と女の間には

    今では他人と呼ばれる二人に けして譲れぬ生き方があった
                                            「風の道」大貫妙子

 大貫妙子が女性であることに僕は勇気付けられる。
この歌詞を書いたのが女性だということに。
世の多くの女性が喜んでいると思われる(つまりヒットしている)歌詞の中には
「女の子はこれを言われて本当に嬉しいのか!?」というセリフが結構有り、
男同士の飲み放談では散々に悪口を言いながら
「もしや僕は性差から来る根本的な感受性の違いを全然わかってないのか?」
「ああいう歌を唄ってる芸能人は、はじめから受け手のニーズをよんで
思ってもいないことを言葉にしているのか?」
「いちいちツッコんでる僕こそがバカの親玉か?」等と、時に不安になるからだ。

 いや、まぁ、それはまったくその通りかもしれんが。

 むやみに女々しい男もやっぱり男。なかなかに雄々しい女も結局は女。
埋められぬ溝の存在は当たり前。しかし自分の感性がそれを絶対に越えられないと、
はじめから判定されてはつらい。個々に否定されるのはやむなし。
そりゃ男同士でもしょっちゅう有るわさ。

 「君を守るため そのために生まれて来たんだ」
えぇ?そのために!?他になんか男としてやりたいこととか夢とかは・・・。
 「君は僕の全てさ もう何もいらない」
そうすか。
 「君に出会うまで僕は 本当の愛を知らなかった」
前の女性と付き合ってたときも一生懸命愛したって男の方が信用できるんじゃぁ・・・。

 ことほどさように、僕は女性の気持ちがわからない男ですが、
勝負的オシャレをした女性がカウンターバーで飲んでる時、
高いイスの上でたまにお尻をずらすのは何故かは知っています。
何故なのかも、何故知っているかもここでは書きたくない。
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# by livehouse-uhu | 2008-10-05 15:09 | Comments(4)