広い世界の片隅にⅡ

 映画「ゴッドファーザー」が公開されたのはオラが中学生の時だが、実際に観たのはだいぶ後(大人になってから?)だ。それでも、ハリウッドのプロデューサー、ウォルツの愛馬の首が切り取られてベッドに投げ込まれるシーンは衝撃的で印象に残っている。

 ただ、それがその(映画を観た)時の感情だったか、ませていて(親が寛大で)中学生で観た同級生から仕入れたイメージだったかはっきりしない。

 まてよ、そもそも釜石の映画館で公開と同時に上映されたか!?

 記憶ってのは曖昧なもんだ。そしてインターネット時代の今、こんなことはすぐに調べられるが、時にはなんだか調べたりしたくないもんだな。

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by livehouse-uhu | 2017-12-06 22:06 | Comments(6)  

Commented by 凸ヤマ at 2017-12-08 00:50 x
確かに馬の生首のシーンのレポについて
何やら想い出があるな。朧げである。

JAWSが釜石の映画館に掛かるまで東京の
ロードショーから3年を経たのだけは記憶している
のだが、如何なネット万能の時代でも
当時封切りの映画が釜石で公開されるまでの
タイムラグについて、厳密に精査するのは
至難の業ではなかろうかいね(^_^;)
国際も第一劇場も跡形もなく、資料が現存するとも
思われないでな。
Commented by livehouse-uhu at 2017-12-08 01:53
それでも凸のコメントのおかげで「自分の中だけで捏造された感覚ではなかった」ことは確認出来た訳だ。

そして当時よく「どんなに科学が進んでもこれが証明される日は来ないよ」というフレーズも使われていなかったか?オレ達の仲間内で。過去と未来の狭間で何を思っていたんだろうな、ガキどもは。
Commented by 凸ヤマ at 2017-12-09 02:46 x
具体的にナニ、って例が浮かんで来なくて
腹立たしいが、そのフレーズを多用して居たのは
思い出したぞww
Commented by livehouse-uhu at 2017-12-09 09:53
あ〜、出そうなんだがな〜「あの話の時に・・・」っていう具体例っつうか記憶。

「AとBの分かれ道があってオレ達はAを選んだ訳だがBを選んでいたらどうなっていたかは永遠に検証出来ず・・・」という「タイプ」の話ではなかっただろうか。変な中学生だったなw
Commented by 凸ヤマ at 2017-12-09 17:48 x
小佐野中学校の図書室だったなw
Commented by livehouse-uhu at 2017-12-09 18:47
あ、場所は特定出来たかw

中の方じゃなくあの貸し出しカウンターのあたりだろ。

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